【対談記事】金融業界に変化をもたらすデザインの可能性。事業の広がりを生むために必要な視点とは
社会の変化を受け、変わる金融業界のビジネス環境
銀行や保険、クレジットカードなど、私たちの社会や生活と密接に紐づいている金融業界。今回、その中でも主に銀行に焦点をあて、ビジネス環境の変化とデザインがもたらす可能性について、アジケ代表の梅本と取締役の神田が対談を行いました。
まずは取り巻く社会の変化について、マクロな視点から見てみましょう。
梅本:近年特に金融業界に大きな影響を及ぼしている社会の変化として、人口動態、資産の硬直化、そして銀行法の改正という3点があげられます。金融は老若男女に向けたサービスでありながら、少子高齢化により高齢者割合の著しい増加に直面しています。また、日本は総資産では世界2位の規模があるにも関わらず、その流動性の低さが課題となっており、資産を有効活用できる新しいアイディアやサービスの提供が求められています
そんな中、2020年の銀行法改正により金融機関で取り扱い可能な業務範囲が拡大し、経営相談や人材派遣、自社で開発したプログラムの販売などが可能となりました。これを受けて高齢者の見守りサービスが登場するなど、業界としても周辺領域への取り組みが加速しています。
(画像:金融庁「新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して 金融の機能の強化及び安定の確保を図るための 銀行法等の一部を改正する法律案」一部抜粋)
神田:各地方銀行の経営計画上も、非金融領域での新規事業の創出は大きなテーマとなっています。しかしこれまでとは異なる領域での取り組みで、しかも地域の盛り上げにつなげることも求められるため、必要とされるスキルにも変化が生じています。サービスの設計や開発など、ゼロからイチを生み出す組織へと生まれ変わることが求められているのです。
こうした動きを受けて、ビジネスのあり方も変化しています。既に起きている変化、そして今後考えられる変化にはどのようなものがあるのでしょう
神田:キーワードはやはり「店舗再編」です。顧客コミュニケーションのデジタル化が進み、店舗に行かずとも各種手続きが可能となりました。店舗でも既にタッチパネルの導入が進んでおり、これまで人が接客していた部分もデジタルへの置き換えが進んでいます。事務処理業務は減り、人がやるべき仕事はコンサルティングや経営相談、マッチングなどに集約されていくのではないでしょうか。
梅本:ただ店舗自体が減少傾向にあるとはいえ、地方銀行などは各地域でインフラとしての機能も担っているため、サービスを受けられない方が出てきてしまうのは避けたいところです。周辺領域のサービスまで含め、どんなに遠くにお住まいの老齢の方でも等しくアクセス可能とする「アクセシブルな状態」が求められています。
今後の変化でいえば、銀行は「大事な情報がセキュアに守られている」という安心感のある存在だからこそ、マイナンバーなどの個人情報と一番最初に結びつくだろうと考えられます。そうすれば、人材サービスや見守りサービスなど、個人情報が必要な場面での幅広い活用も期待できます。そうやってデータをきちんと扱うことが、さまざまなサービスとシームレスにつないでいくための要となるはずです。
この領域では、機動力が高くスピード感があるスタートアップ企業も増えてきています。彼らと異なり、数千万のユーザーを乗せた「巨大な船」を動かすには、非常に大きな労力が必要です。しかし、秘匿性の高い情報をさまざまな階層で蓄積しており、それらの整形やつなぎ込みが可能な点は、大きなアドバンテージと言えるでしょう。
(対談はオンラインで行われました。左から:代表取締役の梅本 周作、取締役の神田 淳生)
デザインの軽視が経営リスクになる時代へ
そのような中、各行がそれぞれに新しい取り組みを始めています。注目すべき動きには、どのようなものがあるのでしょうか。
梅本:メガバンクではデザイナー採用が進み、社内にデザインチームを抱える企業も増えてきました。以前はITに関する部分は外注するのが一般的でしたが、DXの盛り上がりを経た今、新しい事業を立ち上げるには「自分たちでIT事業をやる」というスタンスが必要となっています。
インハウスのデザイン組織が整備されていくに連れ、「デザインシステム」への注目も高まっています。一貫性のあるデザインと利用体験を提供するために、それらを一気通貫で管理する仕組みとしてデザインシステムを構築し、公開する銀行が増えてきています。
(画像:デジタル庁「デザインシステム」)
(画像:三井住友銀行「Design Works」)
神田:「ユーザー視点で使いやすいサービスをつくろう」という流れが一般化し、デザインが差別化要素にもなったことで、「振込画面に古めかしいデザインが残っている」ような使いにくい状態が経営リスクになりうるものだと気づいた企業も増えてきました。デザインの重要性が広く認識されるようになり、さらに増えていく自社のさまざまなサービス群に一貫性を持たせる必要も出てきたことで、デザインシステム活用の機運が高まったのではないかと思います。
梅本:金融業界においても「使いやすさ」を重視する流れが生まれた背景には、振込などの際にアプリを使う方が増えたことで、他のITサービスと比較されやすくなったこともあるかもしれません。
神田:生活の中に溶け込んできたことで、漫画アプリやSNSアプリなどと同じ土壌でデザイン品質を比較されるようになってきています。実際、「アプリストアのユーザーコメントが非常に低くて……」と相談をいただくケースもあります。
ちなみにこれはユーザーの利用画面に限らず、たとえば行員の方が使うシステム画面なども同様です。これまでは特殊性の高いものも多く見受けられましたが、学習コストがかかり使いこなすのに修練が必要という問題もあり、標準化を目指す流れが加速しています。
そういった「使いやすさ」に対する視点を持ち、優れたアプリを手がけるスタートアップ企業も多数参入し、金融業界の中で新しい市場を築いています。
梅本:注目しているのは法人向けクレジットカードの領域で、代表的なところではUPSIDER社やカンム社などがあげられます。toC領域においても、カップルや夫婦の積み立てのニーズを捉えたスマートバンク社の「B/43カード」などが人気を博しています。
昨今のスタートアップ企業のサービスは、ユーザー視点はもちろんながら、ある特定の場面や状況に対して生じる課題を解決するようなものが多いと感じています。だからこそ深く刺さるサービスをつくれるのが強みであり、立ち上がりの市場は限定的でも、取り扱えるデータが増えて跳ねたときには、大きな市場を形成しうるポテンシャルを秘めているものもあるなと感じています。
神田:スマホ完結のデジタルバンク「みんなの銀行」は、これまでの銀行のイメージを刷新してSNSになじむスタイリッシュなデザインを取り入れているのが新鮮で、利用者も増えていると聞いています。「目的に応じてお金を管理したい」というニーズは増しているので、銀行アプリの中だけで将来のための計画と貯蓄が完結できるなら、新しい体験の提供になるかもしれません。
そのような新しい体験を提供するにあたり、デザインは非常に重要な役割を果たすとアジケでは考えています。
梅本:デザインとはそもそも、見た目のことではありません。お客様がきちんと目的を達成できるものをつくるのが、我々の考えるデザインです。もし理解に悩むことがあれば「ユーザーテスト」を一緒にやってみましょう。たとえば50代、60代向けに出しているサービスを、如何に実際の50代、60代が使いこなせていないか。その事実を目の当たりにすることが、まずは大きな一歩となります。
神田:最終的な出来上がりに関しては、我々のようなデザイン会社にお任せいただければと思うのですが、顧客起点で考えることや顧客の課題を解決するという部分は、「デザイン思考」を活用することでみなさんも担っていただけます。デザイン思考を研修等に取り入れる銀行も増えており、行員の方々の中でもそういった機運が高まっていくでしょう。
今後ビジネスの拡大を狙う局面でも、丸投げしてパートナーに委ねていては上手くいかなくなっていくはずです。顧客のことを一番よく知っている行員の方々が、顧客起点でサービスを考えるスキルを身に着けていけば、より良いサービスが生まれる可能性も高まります。その上で我々もみなさんと同じ方向を向いて、一緒にものづくりをしていきたいと考えています。
漠然とした悩みにこそ必要な伴走型のデザイン支援
周囲の動きを見て、あらためてデザインという観点から自社サービスの改善を検討している企業や銀行も増えています。それぞれどのような悩みを抱えているのでしょうか。
梅本:弊社にお問い合わせをいただくクライアント様は「うちのサービスは使いにくいらしいけど、なぜだろう」「どうしたら使ってもらえるんだろう」と、漠然とした状態で悩まれていることがほとんどです。つまり「使いやすさ」や「良いデザイン」に対する評価軸を持っておらず、その検査をする指標がないという状態です。
そういった悩みに対しては、一緒に問題を特定し、一緒に解決していく「伴走型」でなければ、本当の解決に導くことは難しいはずです。アジケは伴走型を強みとしており、伴走の過程でその企業や銀行らしさを踏まえた指標づくりも行っています。
神田:ご相談をいただくクライアント様は、既にアプリを出していたり、店頭にもタブレットを導入するなど、何かしら試しているケースがほとんどです。「出したはいいけど使ってもらえない」「むしろ行員の業務負担を増やしている」「アプリの評価が悪くて経営リスクが生じている」などのケースも見受けられます。デジタル化さえすればうまくいくわけではない、という現実にぶち当たっても、伴走型でご一緒する中でリカバリーが可能です。
アジケが伴走型でデザイン支援を行った具体的な事例として、三井住友銀行(以下、SMBC)様とのプロジェクトをご紹介します。
神田:SMBC様とは数年間ご一緒しています。プロダクトのリニューアルや「デジタルセーフティボックス」のサービス設計などを行い、デザインシステムに関してはSMBCチームの中にプロジェクトメンバーの一員として我々も入る形で、構築から運用支援まで取り組んでいます。アジケは斬新なもの、目新しいものをつくるタイプではなく、堅実に着実に向き合う姿勢が強みで、そのあたりがSMBC様の求めるものとうまくマッチしたことで、これだけ長いお付き合いをさせていただいています。
(画像:SMBC「デジタルセーフティボックス」)
SMBC様へのご支援の詳細は、こちらの記事をご覧ください。
記事:【株式会社三井住友銀行】目指すは銀行サービス全体の一貫した体験創出。 各サービスを網羅した体験設計で、デザインチームの挑戦を支援いただいてます。
神田:デザインシステムに関しては、デザインを非常に重視しているSMBC様であっても、下手すれば数年で「誰も使っていない遺産」になる可能性をはらんでいました。サービスと同じでデザインシステムも使われなければ意味がなく、浸透させるためにSMBC様にはさまざまな働きかけをしてきました。SMBC様もその点を非常に意識してくださっており、現在も良い形で運用いただいています。
梅本:アジケの伴走力とは、分解するとスピードとアジリティと言えるかもしれません。変化球に対する対応力や素早さこそが、アジケが生き残っている理由ではないかと思います。わからないからこそ出てしまうクライアント様の無茶なオーダーにも、実現可能な形をご提案するなど対応できているのは、ゴールに対するチューニングのあて方に強い特性があるからではないかと思います。
金融業界での課題解決の「王道」が、社会問題に挑む糸口となる
金融業界では、今後訪れるさまざまな局面でデザインの力が大きく活きるはずです。最後に、その役割や可能性について考えてみましょう。
神田:金融業界は顧客との接点となるポイントが多いためサービスも非常に多く、まだまだいろいろなところに負の体験が残っています。ただしそれは裏を返せば、今後どんどん良くしていけるということでもあります。
やはり重要なテーマのひとつは「店舗のあり方」だと思います。ある程度は減ったとしても店舗がなくなることはないはずで、ではそこはどんな体験ができる場所にすべきなのか、私自身も非常に興味があります。既に非金融領域の新規事業としてさまざまなチャレンジがなされていますが、憩いの場になったり、お金のことを学ぶ場になったり、いろいろな可能性があるはずです。私も是非チャンスがあれば、関わりたいと考えています。
そうやって顧客の体験を設計していく中で、アプリと店舗をうまくつないでいく部分ではデザインスキルが大いに活躍するはずです。難易度は高いですが、さまざまな場面で我々のようなデザイン会社が価値を発揮できるのではないかと感じています。
梅本:より大きな話でいうと、日本、そして世界が今直面している問題として、人口減少や地球温暖化があげられます。私どもが貢献できるのはどちらかといえば前者の問題でしょう。それらの与える影響を金融業界というスコープで見た場合、店舗再編やサービス撤退によりアクセスできない人が出てくるなど、アクセシブルでない状態に陥ることが考えられます。それでも金融機関はインフラとして、ウェブにしろアプリにしろ店舗にしろ、そのサービスをみんなが等しく使える状態でなければいけません。デザインは目的を達成できるものであるべきで、金融業界におけるデザインはやはり「アクセスできる」という点に寄与すべきなのです。
もし社会のインフラである金融業界のデザインとして、その目的を達成できる「王道」を見いだせるなら、それはより大きな社会問題である人口減少などの問題を解決する方法にもつながるはずです。我々が金融業界でさまざまなクライアント様に伴走し支援することが、ひいては社会問題の解決に役立つかもしれないし、その知見があれば他の業界でも「王道」をつくったり、より便利なものを生み出せるかもしれません。金融業界におけるデザインは、そういった可能性の塊だと感じています。
(インタビュー、記事執筆:長島 志歩)